こんにちは、たけしです。
千里の道も一歩から
塵も積もれば山となる
こういったことわざを聞いたことがあると思います。
報徳思想の創始者である二宮尊徳も自分の経験からこれらことわざと同じ悟りを得ました。
二宮尊徳をお金持ちにした「積小為大」とは
二宮尊徳は貧乏な生活からお金持ちになった秘訣をこう考えました。
「およそ小を積んで大とするのは自然の道なのだ。この道によってやれば、親先祖の家尾を興し、祖先の霊をなぐさめることは、きっとできる。」
報徳記「小田原の家老服部家を再復する」より
大きなものは小さなものが集まったものだとということです。
これを二宮尊徳は「積小為大」と言いました。
小を積めば、自然と大となる。これが二宮尊徳の報徳思想の始まりと言えます。
二宮尊徳はこれを17歳の時の経験から学んだのです。
その時の経験を報徳記より引用します。
ある年(享和三年、十七歳)のこと、先年の出水で用水堀が流出し、堀筋が変化して、古堀として不用の土地になっているところがあった。休みの日にこれを開墾し、村民の捨て苗を拾い集めて植えつけておいたところ、幸いに一俵余のみのりを得た、喜んでこう考えた。
「およそ小を積んで大とするのは自然の道なのだ。この道によってやれば、親先祖の家を興し、祖先の霊をなぐさめることは、きっとできる。」
報徳記「小田原の家老服部家の再復をする」より
二宮尊徳がすごいのはこの考えを行動に落とし込んだことです。
二宮尊徳が「積小為大」を実践した結果
「積小為大」の悟りを得た二宮尊徳がここからの行動が早かった。
先ほどの引用の続きをします。
そこで、わずかのその一俵を種として勤労し、増倍の方法を講じ、何年かたって多大の額になった。ここにおいて伯父に、数年間の養育の恩を感謝し、家に帰って家業を興したいと願った。万兵衛は世論でその遺志に任せた。ところが家は、空屋だけは残っていたが、数年住む人がなかったから大層こわれて、蔓草が軒を覆っていた。先生はひとりここに返って草を払い破損を修理し、独り住いして日夜家業に励み、力を尽して余財を産み出し、田地を買いもどした。このように万苦を尽して、つぶれた家がようやく再興の実をあげるようになった。縁者たちはしきりに妻を持つことを勧めた。先生はこれをことわること数年であったが、そこで隣村(堀之内村。小田原市堀之内)某氏の娘(中島弥野右衛門の娘「きの」、十九歳)をめとった(文化十四年二月二八日、先生三十一歳)。
報徳記「小田原の家老服部家の再復をする」より
「積小為大」の悟りを得てから14年ほどでマイナスの状況からお金持ちになったのです。
当時はどこの藩・村も赤字続きで苦しい生活を強いられていました。
その中でたった1人で財を築いたのです。
それを可能にしたのは「積小為大」の原則を実践したからなのです。
報徳思想の「積小為大」の実践法3選
では、二宮尊徳はどうやって「積小為大」の原則を活用したのでしょうか?
二宮尊徳は「積小為大」の原則をもとに3つの行動を取りました。
・勤労(財を得るために一生懸命働くこと)
・分度(支出計画を立てて、収入より支出を小さくすること)
・推譲(残ったお金をそのままにせず、今後の活動がスムーズになることに投資すること)
労働、節約、投資の3つがお金持ちになる秘訣というわけです。
別に、この3つが秘密の方法ってわけじゃありません。ただ、誰でも出来て、誰もがお金持ちになれる王道的な方法なのです。
橘玲氏が言うように、お金持ちになるための方程式は単純なのです。
資産=(収入ー支出)+(資本×利回り)
これだけです。
二宮尊徳はたった一人でそれに気づき、実践した人なのです。
まとめ
当たり前のことをあたりまえにやること。
これが1番効果があるし、再現性が高いんですよね。
ただ、単純でつまらないし、地味すぎて周りからバカにされることも多いです。
それでも、お金は自分の人生に影響を与えます。
お金がないことで状況に振り回されたくありません。
そう思う人が多いと思うのです。
であれば、経済的に自立できるだけのお金を稼ぐ方法は再現性が高いものを選ぶのがいいと思うのです。
僕は報徳思想のやり方を生活に取り入れています。
あなたも自分に合った方法を探してみてください。
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